みんなの家@ふくしまの所在地、福島市笹谷団地町会の川瀨会長からお話をうかがいました。

笹谷団地の社会背景

-まず最初に川瀨さん自身のことをお伺いしたいのですが、今、この地域でなされている役職、というのは?

川瀨さん:笹谷団地町会の会長、笹谷地区町内会連合会の理事、それと民生委員児童委員というものですね。

-こちらの福島市笹谷団地町会の会員数はどれくらいの規模になりますか?

川瀨さん:237世帯あります。

-町会が創設されたのはいつ頃でしょうか

川瀨さん:昭和40年、41年に県で分譲した団地で、町会も来年で50周年を迎えます。福島市内では、一番古い団地になります。
福島県住宅供給公社が、最初につくった団地で、そのあと桜水団地とか松北町団地、蓬莱団地という流れに、なっていくわけですね。
福島県住宅供給公社でしょ。だから購入者はまず県庁職員、市職員、国家公務員、教職員、県警、あと農協五連等、そういう人が団地に大勢います。
この頃、昭和20年以降の終戦で戦地から帰ってきた人が、一生懸命子作りした時代だから、子どもが増えて住宅不足の時代到来です。

-ということは年齢構成で言うと…

川瀨さん:会員の大半が70歳代後半から80歳以上ですね。
団地の分譲住宅を30歳で買ったって50年たてば80だから。キミマロではないですが、「あれから50年」です。
ここで女性の最年長が101歳、男性の最年長が97歳ですよ。女性なんだけども、耳遠いだけで元気ですほんとに。

-後継の世代、例えば息子さん・娘さん世代というと?

川瀨さん:そういう世代の方はいないです。

-同居されているわけでは…

川瀨さん:いない、まずいない。
とういうのは、高度経済成長期でしょ。どんどんみんな東京、都会に行く時代だから。大企業も大銀行だって、高卒を採用している時代です。
高卒がほとんど7割8割でしょ、当時は。せいぜい1割か2割が大学進学している時代ですから。居るのは、地元で公務員になったとか、親の面倒を見なくちゃなんないから地元に残ったという人だけで。
今、会員の中で60代の方は16人かな。どこも同じですが、高齢化時代です。

-こちらは笹谷小学校の学区ですよね。ここから笹谷小学校に通っている児童や、その下の幼児の人数は?

川瀨さん:現在、小学生は15世帯で20名。
今の子どもが小学校卒業する場合においては、あと続くのが6~7人しかいないんですよ。1学年一人、平均すればね。237世帯あって、1学年一人くらいの人数しかいない。

笹谷団地町会237世帯中、小学生が居るのは15世帯。1割に満たない。

団体が来る??

-川瀨さんから見た「みんなの家@ふくしま」は、どのようにな印象でしょうか?

川瀨さん:最初は、会員から何か「団体が入るそうですよ」と報告がありました。

-「団体」ですか…

川瀨さん:「団体」が入居するそうだと。(笑)ちょっと私らも警戒したんですよ。何の団体なんだってことで。
普通の家ですからね。団体って言っても色々ありますから。だいたいいいイメージはないですよね、「団体で借りる」っていうのは。もしかして宗教団体かという、町内でうわさにもなったんですよ(笑)。情報を持ってきた人が「わかんないです、ただ、団体が入るって聞いたんです」って言って。

それで、(みんなの家スタッフの)富田さんがご挨拶ということで来たときにはじめて色々聞いて。
ここの主(注:みんなの家の持ち主)は、高校の教師やっていたんですよ。当時、私PTA会長やっていたんです。富田さんのグループが借りたっていうことだったんで、じゃあ、協力させてもらいますよ、という話をその時富田さんにして。

NHKで富山方式という、いわゆるNPOの団体と、地域の町会がタイアップして、運営できるという。うまく協同して、いろんな行事や活動ができるということで、成功してる例をNHKでやっていましたので…。

-では、本当にいいタイミングで。

川瀨さん:ええ、まあそういうこともあってね。富田さんにも話しかけて、うちのほうも協力するけども、お願いできますか、という話をしたんですよ。
「みんなの家」という趣旨からいってもそのほうが、ということだったもんですから。


最初、近隣に賃貸駐車場が無いので困っているということ話があり、それならば生協に言って協力していただいて、駐車場の一部を借りたほうがいいんじゃないかっていうアドバイスをしました。

-なかなか「みんなの家」の趣旨や目的の説明が難しいなと感じるのですが。

川瀨さん:はっきり言って、今も私は半分しかつかめてないんじゃないかと思っているんです。私の考え方でいいのか。様子見ながら考えてるところです。
うちのほうは逆に高齢者しかいないんですよ。だからどういう風な形でというのは、みんなの家の趣旨と合うかと調整しているところで。

町内でボランティア部を立ち上げてるんですけど。今から10年前になりますかね。市のほうで、高齢者を地域で面倒見なさいということで。そういう活動を継続して実施しております。
年間8回、夏場1か月、冬場2か月は高齢者も表に出るのはきついので休んでるんですが、8回の中で色んな形で講師を呼んだり、自分たちで歌を歌ったりということをやっているんです。
部長は私が今兼任でやっているのですが、昼食会を必ずやることにしているんですよ。一人暮らしもしくは老夫婦の方がほとんどです。一人暮らしの方は昼食一人というのは切ないですから。みんなで話をしながら笑いながら食べるということで、健康になるという風に私は思ってます。

今ここ(みんなの家)で「地域の日」があるんで、その日に合わせてボランティア部の打ち合わせ会をやっています。
ここは高齢者ほとんど来ませんので。子どもさんいる方がほとんどのように見受けてますから。

私も民生委員になって初めて、高齢者の色んな生活体系わかったんですけども。
まず午前中は病院ですよね。病院に9時くらいに行って、3時間くらいかかるので午前中終わりでしょ。帰ってくると疲れて昼寝して、2時3時。
訪問してチャイム鳴らしても、居間から玄関に出るまで15分から20分。ヘタすると30分。立ちあがって、ちょっと着るものを羽織って、女の人はやっぱり髪をとかすとか、身支度を整えて出てくるまで、約20分から30分。チャイム鳴らしても出ない方も。(笑)

隣の家に聞くと、「いるはずだよ、まだ出てってないよ」という。
私がそのお宅を訪問して4回目の時点で初めて電話をよこしたわけ。「川瀨さんの後ろ姿見てました。」と。(笑)
玄関まで行ったけども、私の後ろ姿見てたと。私としては、1回目の時点で電話よこして「何時何分頃行くから出てね」と言いたくなるけれども。

高齢者は学習センター(注:福島市信陵学習センター)まで歩くの大変だから、ここで会合持ってもらったほうが楽なんだ、というから、先月から「地域の日」に借りて、ボランティア部の打ち合わせをしているんです。

-同じ町内で打ち合わせができるというのがいいですよね。

川瀨さん:打ち合わせ会場として本当にこの施設はありがたい存在です。

みんなの家では、笹谷町会の会合以外にも、ご近所の大人や若者の利用を歓迎する「ご近所DAY」を開催している

あのおじいちゃんの家に遊びに行きたい

-みんなの家ができたことで、地域の方々に何か変化というのはありますか?

川瀨さん:若い方との接点がないわけですよ。
月2~3回うちに来ている私の友人がある時入ってきたとたんに「今日はびっくりした!」と。何事か?と聞いたら「人が歩いていた」というじゃないですか。それぐらい人が通ってないんですよ。団地内で今まで人に会ったことないって…。(笑)
歩いてないというか、「歩けない」んだ、みんな。(笑)
そういう町内に若い人がいるってことは、元気が出るんですよね、やっぱね、高齢者は。

こないだも(みんなの家と一緒に)ハロウィンやって、ある町会の老婦人から「久しぶりに赤ん坊の顔を見ました。元気をもらいました。」という声を聞きました。
だから、みんなの家に来て若い人の顔の顔を見るだけでも、子どもの声を聞くだけでも、高齢者は元気が出るっていうか。

ハロウィンの反省会っていう議題も組み込んでたんで、3人グループの支援者らしい人が来てたんだけれども、やっぱりああいう若い方と接するというのがいいのだと思います。
自分のところの娘とか嫁も、年に何回かしか来ないわけですよ。一番遠い人は沖縄ですから、娘。年に1回ぐらいしか帰ってこないんですよね。
それが、(若い人や子どもが)同じ町会にいらっしゃるっていうのは嬉しいんでしょうね、元気出るっていうか。
そういう効果は非常に大きいですよね。

-ハロウィンの時、私も撮影で同行させていただいたのですが、出迎えてくれているという雰囲気が大変よかったです。子どもたちにとっても。

川瀨さん:富田さんに聞いたけれど、おじいちゃんおばあちゃんもいないでしょ、今、若い人たちね。
子どもが、親とお風呂入ってるときに「あのおじいちゃんの家に遊びに行きたい」って言ったんだって。だからやっぱり、子どもたちも人とのつながりに飢えてるんだなと、私は思ったんですよね。
そういう意味ではマッチングしてるのかなと。私が狙う部分と、こちらの今まで気付かなかった部分が。
子どもたちとその親が来て、対話して、悩みごとなり相談ごとなり、笑いもあり、ということでいらっしゃるのが目的だと思って見ているけれど、そうじゃなくて、いわゆる隠れた部分っていうか、うん。

-今後もこのように連携されると素晴らしいですね。

川瀨さん:富田さん自身もどうしたいのかもあるし、自分たちのねらいと試行錯誤してくしかないのかなと私も見ているんだけども。色々考え、色々お話ししながらともに活動出来たらいいと思っています。

ハロウィンも、うちのほうからもお願いしたんですよ。
私が子どもの頃、小正月に「だんごくいでこっこ」というのがあったんですよ。
柳の木の枝に、赤、白とか黄色のだんごをてんてんとつける飾り、いわゆる「吊るし雛」みたいなものですよ。それで、その時に一軒一軒回るわけです。ハロウィンのジャパニーズ版。(笑)
だから私は町会の人たちに、ハロウィンの説明をするときに「だんごくいでこっこの西洋版ですよ」って教えたの。そうすると「ああそうですか」と一発でわかるわけ。(笑)

町会の会員のところに、協力してもらいたいってことで、みんなの家でお菓子準備したものを渡して。私ポケットマネーでお菓子代出したんだけども。町会で予算とってないし。
ハロウィンパーティは大成功でした。思った以上に…。

-「だんごくいでこっこ」についてもう少し詳しく教えていただけますか?

川瀨さん:「くいで」は「食べたい」って意味ですよ。ここら辺の地方語で言うと。「こっこ」はたぶん「子ども」だと思うんですよね。
最近は全然そういう行事やってないと思うんだけどね。

-これはいつ頃に見られた風習、文化なんですか?

川瀨さん:小学校の頃だからね。昭和30年代以前からあったもので、40年代でなぜかなくなっていったのかな?
たぶん学校の先生から聞いたと思うんだけど。これは夜6時~8時頃、子どもが歩くわけですよ「だんごくいでこっこ」って。そうすっとそのお宅で子どもに、小遣いくれたり、お菓子を配ったりするわけよね。
それを教育者が、夜子どもが出歩くのはいけない、ということでストップかかったんだって。(笑) だから教員に聞くと、いつからやめたって分かるんだけども。

ハロウィンイベントでは川瀨さん宅にもご協力いただいた。

被災者とのきずな構築

-聞くところによると、原発事故の被災者とも交流をはかっているそうですね。

川瀨さん:うちも試行錯誤してるんだけども、子どもが「おじいちゃんちに遊び行きたい」という、今回気がついた部分なんだけれど、そういうタイアップも必要なのかなと。
うちのほうで定例の触れ合いの集いやってますんで、そういうところに逆に呼ぶとか。

この前は被災者の方を町会の「ふれあいの集い」に呼んでるんですよ。
復興住宅の方も半分以上来られません。不活発症で、支所まで出て歩くことができないと。
今までよりも精神病んでますね。というのは、今まで浪江なら浪江(の仮設住宅)でいたわけですよ。テレビの音も隣の声も聞こえるわけでしょ。ところが、復興住宅に引っ越して家はきれいになって部屋も大きくなったけど、知らない、隣の人を。顔見知りの人がいないんです。
私は浪江の人ばかりだと思っていたけれど、半分は飯舘の人。だから同じ部落の人なら顔見知りだけれども、そうではないわけですよ。だからものすごく寂しいんですよ。かなり心は病んでると思って見えたんですよ。
今まで(仮設住宅で)は、戸をあけて出て歩って、お茶飲んで歩ってできたでしょ、今はできませんから。

注:笹谷団地近郊に浪江町・飯舘村から避難された方を対象にした復興公営住宅が建設された。平成27年3月から入居開始している。

-笹谷の復興公営住宅は、町会に含まれるのでしょうか?

川瀨さん:ちかくにありますが、町会内ではありません。
住民票移しませんから彼らは。福島市民ではない。ところが受け入れをしている福島市では市民として受け入れ、交流をしなさいということになっているので、私のほうで交流をセッティングしたんです。
はっきり言って、いる人も大変だなという感じで受け止めたんですけどね。本当に涙ながらに色んな体験話をして、最後に「家にも遊びに来てほしい」とい、入居者自身がおっしゃってました。
友だちいないわけですから。
今までの仮設住宅では、元住んでいた部落ごとに600位世帯あるのかな。復興公営住宅は50世帯に満たない。いろんな地域の方が入居する。そういう部分での連携ができてないっていう。本当に寂しい生活。だから、孤独のまま死んでしまうっていうか。

-孤独死という震災関連死…

川瀨さん:うーん…。何もすることない、「ふれあいの集い」に来て寂しい毎日を送っているわけですから。
だからご主人去年亡くしましたって、涙ながらに自分の気持ちを赤裸々に語っていましたけれども。これが、原発事故がなければ主人は生きていたと思うと。原発事故があったために、主人は早く死んだんだと。

そういう部分で、それと似たような状況かなと思うんですよ、町内の一人で生活している人(高齢者)は。

「ふれあいの集い」でお弁当出すでしょ、半分残すんですよ。「今晩食べる」って。
本当に普通では考えられないような話、いっぱいあるんです。色々出てくるんです。
お金の問題ではなくて、食事をつくること自体が大変、と思うんだ。仏教の言葉に「米は米にあらず、命である。」と。食べること自体が命をつなぐことになるわけでしょ。その思想を持って、私は「ふれあいの集い」でお弁当を出しているわけですよ。
ともかく、1日でも長生きしろ、という意味でね。

本当に高齢者社会は大変。自分もその域に一歩一歩近づいているわけだけども(笑)。
元気でがんばるしかないって自分に言い聞かせているんだけれども、やっぱり、弁当半分残して「今晩食べんだ」って聞いたときは、どきっとしましたね。
作ったって美味しいとも言ってもらえない、細々と一人で食わなきゃなんない、その生活の惨めさを、ひしひしと感じてるのかなって思うんだよね。
だから「ふれあいの集い」に出てくると喜んで、みんなとしゃべって歌って…うん。

表面のきれいごとだけでは、人間分析できないんですよ。
新しい復興住宅作ったから入んなさい、防音、保温ちゃんとしてるし、寒さ暑さも大丈夫だって、入ったらとたんにがくっとくるわけでしょ。
だから逆に「仮設住宅のほうがよかった」って言うんですから。仮設住宅のほうがいいって言うんだよ、みんな。友だちも隣にいたし、話し相手もいっぱいいてよかったって言ってるんだから。

知らない人ばっかりで、隣はいるかいないかわかんないですからね。
私、1軒1軒訪問したんですよ。
半分開きません、戸が。誰来たって関係ないという風に思っているのかなと。
隣は「いるか、いないか」って聞いたってわからない。まして部落別だったりするから顔を合わせてない。表札もほとんど出ていない。隣はなんてお宅ですか、と聞いてもわからない。

-今のお話を伺っていますと、みんなの家とできることが何かあるかもしれませんね。

川瀨さん:「久しぶりに赤ちゃん見て元気出た」なんて話は大事なことだと思いますね。だいたいここにいる人たちの娘も、40、50歳代だから、赤ん坊なんて見れないでしょ。
特に問題は、東電原発事故のため子どもや孫が笹谷には来ないという町内会員もいます。みんなの家が「幼」と「老」とのコミュニケーションの場になれば良いと思います。「町会」と「みんなの家」が絆作りの先駆者となればと思います。そうしなければ…。

ハロウィンイベントでの川瀨さん。

「よその人」と出会う機会

川瀨さん:富田さんも言ってたけれども、子どもたちにとっても、「いい子だね」という声掛けとか、あれもよかったのかもしれないね。誉められるとか、かわいがられるのを感じたんじゃないかな。しかも自分のおじいちゃんおばあちゃんじゃない、「よその人」から。今は接点がないわけでしょ。となりのおじいちゃん、おばあちゃんから誉められるとか、お菓子もらうということがないわけですよ。
本能的なもので、自分を認めてもらったとか誉めてもらったとかいうのを、子ども心に感じたのかなっていう風に私は思っているんだけどね。

-そういう機会に、もしかすると子ども自身飢えていて…

川瀨さん:だから一回の、一期一会だよ、見ず知らずのお宅をハロウィンで回ったわけだからね。子どもが母親とお風呂に入っているとき「あの笹谷のおじいちゃんとこに遊びに行きたい」っていう言葉が出たというんだよ。

-今後、みんなの家に期待することなどございましたらお聞かせいただけますか。

川瀨さん:町内会と連携して、こっちもお世話になるし、逆にこちらがお世話できることがあればやっていきたいという気持ちですね。
お互いにやっぱり人間のつながりが大事というのを再確認してますので、今、このみんなの家できたことで。子どもたちとの関係とか。

-地域の力がないとできないこともたくさんありますので、相互にいい関係ができれば。

川瀨さん:行事もね。富田さんも、「だんごくいでこっこ」やりたいなんて言ったから。
ちょっと2月(小正月)だと寒さがあるから、子ども風邪ひいた、だのあるとしょうがないから…

うちのほうでもね、行事のあり方も考えながら…。
みんなの家の富田さんもいい人だからね。こちらのほうも要望聞いてもらってたから、こっちも要望きいてね、頑張りたいと思う。

-ご多忙のところお時間頂き、ありがとうございました。